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なんとか成るログ!(narulog)

食パン型のロシア車UAZを転がしながら色々考える日々の記録。アウトドアやステーショナリーや読書やものづくりなど。趣味的雑記ブログ。やってみればとりあえず「なんとかなる!」

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コメント欄の閉じているブログはコミュニケーションを拒否されているようで寂しい。

色々なブログを読んでいると、面白い記事や共感できる記事があったりしてコメントを残したくなります。ブログを下の方までスクロールしてコメントを書き込もうと思うとしたのに書き込み欄が無いと寂しいんですよね。

ブログにコメント欄があると場合によっては荒らされる可能性もあるし、単純に記事へのコメントであればTwitterでもFacebookでも可能だったりもします。ブロガーであればたいていそのようなSNSも登録しているので直接やりとりできるのですが、記事の内容をふまえた会話をしたいと思っているのにその場にコメントを残せないとどうもコミュニケーション拒否をされているように感じます。

感じるというか、実際に一方的な表現の場でもあるし、ブロガー自身の考え方(ブログを荒らされたくない、コメントはTwitter経由で)などありますので読む側がどうこう言うものでもないのかもしれない。

もしかしたら過去に大炎上してしまい、それがトラウマとなってコメント欄を開けないのかもしれない。スパム広告などがウザすぎて対応しきれないから閉じてしまったのかもしれない。単純に批判的なコメントが怖いからコメント欄を持ちたくない。そもそも日記として使っているので他人からとやかく言われたくないなど様々な理由があるのかもしれません。

もしかしたらコメント欄を閉じているよりも、解放している方がデメリットが多いのかも。

ブログはコミュニケーションツール

このブログのように1日にやっと1000PVいくかいかないか(いかない方が多いけどw)の場合であればほとんどコメントもつくことも少ないのだけれど、ブログのコメントというのはFacebookと違って身近な人以外とのコミュニケーションが取れるのでとても嬉しいです。Facebookでは友人や知人の行動に関して「いいね!」やコメントを簡単につけたりしますが、ブログであれば検索で来てくれ、読んでくれた人がコメントを残してくれます。

身近なところではなく、普段では知り合えないであろう人たちと繋がることができるのがブログの良いところです。実際にこのブログでも書いたことを通じて同じ趣味の友達が出来たし、趣味で作っていたものが仕事として受注されるようにもなりました。これらはFacebookやTwitterでは得られなかったものだと思います。

最近ちょいちょい読むようになった気になるブログがあるのですが、そこにはコメント欄が無く共感してもコメントを残すことができません。そのブロガーさんのTwitterアカウントはあるのでTwitter上で話すことはできますがそこまでのアクションを起こすのは面倒にも感じます。

ここにコメント残せないんじゃ・・・ま、いいか。と。

 

これってすごくもったいないと思うんですよね。自分が書いたものを読んで興味関心を持ってくれた人がコミュニケーション取りたがっているのにその方法がそこにはない。もしかしたら書き手であるブロガーさんにとって運命的な出会いになる可能性だってあります。

でも相手が「なんだ、コメント書くところないのか。じゃあ他を探すか・・・」となればもう二度と出会える可能性だってなくなるかもしれないです。

コメント欄があると荒らされるかもしれないけど、こちらが壁を作ってはだれも歩み寄ってはこれません。ものすごいチャンスが目の前に現れるかもしれないのに、何も交流がおこらないままに離れていってしまうかもしれません。

コメント欄の無いブログは一方的すぎてあまり読む気になりません。

何十万、何百万PVもあるブログであればコメント欄を閉じてしまうことも理解できますが、PV数が少なくこれから伸びようと思うのであればコメント欄はあけておいた方が伸びる要素になり得ます。辛辣なコメントがついたって、荒らされたって、それらが人を集める要素にだってなり得ます。

コメント欄の解放は無防備になることです。自分の前に守りの壁が無くなることです。

でも壁が無くなるからこそ、近づいてくる仲間を受け入れることができます。変なやつは無視しとけばいいんです。スルーしとけば良いんです。そういうスキルを身につけることも大切です。

コメント欄をあけましょう。お話しましょう。コミュニケーションしましょう。

僕はあなたと話がしたい☆